♪♪ NATの独り言 (心・ジャズ)

生きていく上で信じてること。大好きなジャズのこと等

自分を見つめる人ーー。

まる 柊さんのCafe Sweet JazzのBlog(大野雄二のピアノの記事)を拝見してトラバさせて頂いたNatです。今日も柊さんのCafe Sweet JazzのBlogを拝見しました。浜離宮にひとりで行った日記ですが、人を愛するには自分を見つめていないとーーといった考えかたが書いてありました。柊さんはまだ若いと思うんだけど、感性が鋭そうですね。私はもっと歳ですが、子どもの頃、いつも一人でカマキリと遊んでいました。今では多少人とお付き合いしますが、人間の原点としては、たった一人で生まれ、たった一人で死んでいくーーーですよね。でもその合間に、気がつくと多くの人と出会い、そして、Nat風に言うと自分の命を創ってくれた源(いわゆる神さま)のことを考える。そして、笑い、泣き、歌う。この素晴らしさが分かるのは、一人になってもどこまでも自分だけは存在するっていう、自分の「実存」を見つめて初めて出来るんだと思います。若い人は友達との関係の中にしか自分がないかと思ってたけど、柊さんのような人もいるんだと思いました。 Nat

♪ジャズ演奏は聴衆と一体じゃなきゃ

音符音符HiiragiさんのBlog「Cafe Sweet Jazz」拝見して、若い人でこういうStandard系のジャズが好きって人はいいなあと思いつつ、僕(Nat)のジャズへの想いを書きますね。
音符音符ジャズが好きじゃないという人がいます。好きじゃないという人は、たいがい「分らない。うるさいだけ。」といいますよね。ジャズにも色々あるけど、確かに多くのリスナーにとっては「分らない」「うるさいだけ」のジャズもあると思います。ジャズは普通、「テーマ」と呼ばれる、その曲の主なるメロディーの部分と、途中の「アドリブ」と呼ばれる、「テーマ」の和音の進行・流れに沿って即興演奏する部分に分かれます。まず「テーマ」が普通のポピュラー音楽などに近くて、多少とも口でも歌えるようなものなら親しみ易いですが、刺激に満ちていても口では歌えないようなものは、唐辛子を主食にして食えといわれているようなもので、多くの人が拒否反応になります。でも、それに耐えて「テーマ」が終わると、そういうプレーヤーに限って、アドリブは、更に自己満足・自己陶酔の世界が長々と続くんです。そのプレーヤー自身でも口ではとても歌えないような音の列が曲芸のように繰り広げられます。それでもまだ、そのサウンド感とか雰囲気が嫌いでない人は分ったようなフリをして聞いていますが、普通の人には、まるで音の乱数表にしか聞こえません。それが普通なのです。もしあなたがそういう音の動きそのものを快感に感じられるとすると、あなたの音感はプロなみです。
ドキドキ大私はジャズもやっぱり基本は歌だと思います。歌詞のある歌がとても好きですが、歌詞のない演奏だけのものでも、歌なんです。聞いている人の心に響き、色々な感情を思い起こさせてくれる歌なんです。アドリブも歌、リスナーとの対話が心地良く続く、そんな歌なんです。そんな風に、プレーヤーとリスナーが一緒になれるジャズこそがジャズだと思っています。私の次回ライブは5月13日に新宿でです。(詳細は3月19日の私のBlogを見てください。) ピアノの指は曲芸みたいに動きませんが、歌になるジャズを皆と一緒に楽しむ夜にしたいと思ってます。 Nat


死んだらどうなる??

「考えすぎ」Blogを拝見しました。死んだらどうなる? 私も若い頃から、このことを何百回も考えて怖くなったりしました。「考えすぎ」Blogで言われている通り、死んだら消えてしまって、永遠に「意識も何もない無の世界」というのは相当論理的ですよね。意識が脳にしかないと思えば絶対この結論になる。また、生まれる前の意識もないんだから、死んだ後の意識もない、というのも極めて論理的でしょ。でも、アメリカなんかの結構科学的な研究で意識は脳を離れても存在する可能性があると示唆されたり、生前の記憶が超催眠術で戻ったりなんて話が出てくると、この辺が解らなくなってくる。また最近「死後体験」って本が出ていて、米のモンロー研究所での超体験で、相当リアルに死後の体験に肉薄しているのが報告されていますよね。私も大学で物理学なんかもやりましたから、結構研究したり考えたりしました。でも結局、死んだことないから、分かりません。これが行き着いた結論。---でも、それとは別に、私は一応クリスチャン。イエスという人の生き様・死に様、そして復活と言われていることで示されている「神の愛」を信じ込んで生きることに決めたんです。聖書(ローマの信徒への手紙8.38)に「私は確信しています。死もーーー神の愛から私たちを引き離すことはできないのです」とあります。私はもうひたすらこれを信じて、死んだらどうなるか全然分からないけど、神さまと私の愛の絆は切れたり消えたりしない。だからどういう状態になるか分からんが、まあ神さまと切れないならいいや!と思って楽観的・ハッピーなんです。こういうのって、おかしいですか?  Nat

★このテーマは見て下さる方が多いので、2007年8月31日からシリーズで、改めて詳しく書かせて頂きました。そちらも御覧ください。Nat
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