今回の鳩山政権のマニフェストで郵政につき一番問題視しているのは、民営化で地方の郵便局がなくなったり、郵便配達員が郵貯の取扱いをしてくれない等という、特に地方での利便性の低下のようだ。また、「財政投融資復活」とまでは書いてないが、地域活性化とは書いてあるので、郵貯・簡保資金を地域活性化に使おうとの趣旨が最初からあったかも知れないし、事実亀井大臣はそういう発言をしている。
過疎地での郵便局問題は当然重要な課題だ。過疎地の人に郵便局なしで我慢しろとか、その割高のコストを全て受益者として自分で負担しろというのでは、日本の都市集中、東京一極集中がますます進んでしまう。ユニバーサルサービス、つまり日本のどこからでも同じ料金で郵便出来るというのは、国の方針としては大事だ。それが民営化では出来なくなるかどうかが問題になる。米国では、民営化ではユニバーサルサービスが難しくなるだろうと判断して官営を維持している。一方、ニュージーランドでは基本的に民間原理での効率化を図りつつも、店舗数確保を政府との間でルール化し、現実にはルール以上の店舗を確保しているという。このように過疎地サービスの確保は、本当は民営化でもやり方次第であろう。
他方、官営の場合の運営効率化もやり方次第であろうか? 小泉民営化で分社化された郵便局会社では確かに郵便局の統廃合もし、過疎地では郵便局が消えて無くなったりもしているようだが、物流の改善、人員効率の改善は進んでいたようだ。そういう効率化は、やはり官営ではなかなか難しかろう。ということから、民営化を進めながら、ニュージーランドのように、過疎地郵便局問題には法令でルール化してきちんと対応させるという手があるように思う。今回の鳩山民主党による見直しが、そのような「民営化の欠点の調整」を目指すならいいのだが、どうも4分社の再併合とか株式売却の凍結とか、単なる官営への回帰になる懸念が強い。
また小泉民営化の最大の眼目であった財政投融資の廃止はどうだろう。これは実際には、昔の財政投融資特別会計が、郵貯・簡保資金による財投債(財政国債)購入という風に形を変えただけの面がまだ強い。それでも前よりは透明性は増したが、郵貯・簡保資金を民間にも回すという当初の狙いは未だ全然始まってもいない。元々、今でも合計280兆円もある郵貯・簡保資金を、いきなり完全に民間ベースでの投資原理に任せるのは無理がある。国債以外への投資に大きく流れては国の財政も困るし金利も高騰するだろう。また大きな投資バブルの再来という歪みも生じかねない。民営化の下でも、秩序を保ちつつ、バランスの取れた投融資計画となっていくのは必然であった。しかし、時間はかかるとも思われた。それを見届けていこうと思っていた矢先に、今回の見直しだ。今のところどう見直されるのか明確ではない。地方活性化に使いたいとの亀井大臣発言もあるが、それは、民営化のままでもやれる。どうせ多くの郵貯・簡保資金は国債で国に入るのだから、一部を国策として国会の管理・監視の下で地方に回せばいいことであろう。不透明な昔の特別会計などというゾンビの復活を意味するなら非常に憂慮すべきことになる。
ということで、今回の「見直し」は、たぶんに政治家・政党の世界での論理で大きくそうなってきていると思われる。それがおかしな方向に行かないためには、国民の監視が必要だ。私も国民の一人として、これからの具体的推移を注視していきたい。 Nat
過疎地での郵便局問題は当然重要な課題だ。過疎地の人に郵便局なしで我慢しろとか、その割高のコストを全て受益者として自分で負担しろというのでは、日本の都市集中、東京一極集中がますます進んでしまう。ユニバーサルサービス、つまり日本のどこからでも同じ料金で郵便出来るというのは、国の方針としては大事だ。それが民営化では出来なくなるかどうかが問題になる。米国では、民営化ではユニバーサルサービスが難しくなるだろうと判断して官営を維持している。一方、ニュージーランドでは基本的に民間原理での効率化を図りつつも、店舗数確保を政府との間でルール化し、現実にはルール以上の店舗を確保しているという。このように過疎地サービスの確保は、本当は民営化でもやり方次第であろう。
他方、官営の場合の運営効率化もやり方次第であろうか? 小泉民営化で分社化された郵便局会社では確かに郵便局の統廃合もし、過疎地では郵便局が消えて無くなったりもしているようだが、物流の改善、人員効率の改善は進んでいたようだ。そういう効率化は、やはり官営ではなかなか難しかろう。ということから、民営化を進めながら、ニュージーランドのように、過疎地郵便局問題には法令でルール化してきちんと対応させるという手があるように思う。今回の鳩山民主党による見直しが、そのような「民営化の欠点の調整」を目指すならいいのだが、どうも4分社の再併合とか株式売却の凍結とか、単なる官営への回帰になる懸念が強い。
また小泉民営化の最大の眼目であった財政投融資の廃止はどうだろう。これは実際には、昔の財政投融資特別会計が、郵貯・簡保資金による財投債(財政国債)購入という風に形を変えただけの面がまだ強い。それでも前よりは透明性は増したが、郵貯・簡保資金を民間にも回すという当初の狙いは未だ全然始まってもいない。元々、今でも合計280兆円もある郵貯・簡保資金を、いきなり完全に民間ベースでの投資原理に任せるのは無理がある。国債以外への投資に大きく流れては国の財政も困るし金利も高騰するだろう。また大きな投資バブルの再来という歪みも生じかねない。民営化の下でも、秩序を保ちつつ、バランスの取れた投融資計画となっていくのは必然であった。しかし、時間はかかるとも思われた。それを見届けていこうと思っていた矢先に、今回の見直しだ。今のところどう見直されるのか明確ではない。地方活性化に使いたいとの亀井大臣発言もあるが、それは、民営化のままでもやれる。どうせ多くの郵貯・簡保資金は国債で国に入るのだから、一部を国策として国会の管理・監視の下で地方に回せばいいことであろう。不透明な昔の特別会計などというゾンビの復活を意味するなら非常に憂慮すべきことになる。
ということで、今回の「見直し」は、たぶんに政治家・政党の世界での論理で大きくそうなってきていると思われる。それがおかしな方向に行かないためには、国民の監視が必要だ。私も国民の一人として、これからの具体的推移を注視していきたい。 Nat