北朝鮮の金正日の後継者の名前だが、最近まで「金正雲」だったのが、今回の発表での新聞など報道では全て「ジョンウン」とカタカナになっている。なぜそうなのか新聞では書いてないのが気になったので、ちょっと調べてみた。要するに、北朝鮮では既に国の方針で漢字は廃し、全てをハングル文字だけに統一しているので、特にハングル時代に生まれた若い人の名前には対応する漢字が存在しないということのようだ。
少し歴史をひもどくと、ハングル文字は15世紀の朝鮮李王朝で制定した朝鮮民族・朝鮮語のための独自文字であるが、結局従来の漢字中心の時代が大戦まで続く。戦後、韓国では1948年に法律が出来、また北朝鮮では1949年に国家の方針で、一応漢字は公用には廃止しハングルを中心にしていく方針になった。従来の中国の従属国、そして1910年以降の日本の属国であった時代から脱却するということで、民族意識が高揚。ハングル主義になったという背景だ。しかし、南・北とも最初は一応漢字も使用OKであったが、1970年頃からよりハングル中心運動が起こり、その結果いま南では若干の漢字が残るがハングル中心。そして北では100%ハングルになった。 そこで韓国では国民の戸籍簿で漢字名のある人はそれが一応残っているし、日本に働きに来る時は、韓国の戸籍謄本も必要なので、いきおいハングル・音読みでの名前だけでなく、漢字名も明らかになる。だから、巨人の李承燁は「イ・スンヨブ」という音読みもあるが、「李承燁」という漢字名もきちんとある。ところが韓国でも、若い人は戸籍に名前を登録する際にも音読み(ハングル)でしか記入しない例もあり、その場合は対応する漢字はイメージとしてはあっても、正式には対応する漢字はないことになる。北朝鮮にいくと、全てがそういう状態であるという。
だから、特に北朝鮮の名前には基本的に対応する漢字はない。ハングル名だけだ。しかし、北朝鮮でも年配の人の名前は、当初対応する漢字名もあったので、ハングル名表示だけでなく漢字表示も可能なケースが多い。そこで、日本の報道機関では、中国の方で北朝鮮の名前をどういう漢字で表記しているかを見て、それを拝借しているらしい。しかし、金ジョンウンの場合は、そもそも対応する漢字が分らないらしい。日本で「正雲」と書かれていたのは間違いで、敢えて書くとすると「正銀」であって、中国の新聞ではそう書いているらしい。てなことで、日本の新聞は前に「正雲」と間違えて書いてしまっていたのを、今回「正銀」に直すほどには、その直接的根拠もないということで、カタカナで「ジョンウン」にすることにしたようだ。しかし、そういうことなら、この際一気に、全ての韓国名(中国名も?)はカタカナ表記だけに統一した方が、実際の名前に近いということになると思う。「金正銀」と書かれると「キン・セイギン」という誤った音で覚えてしまうからだ。外人と国際情勢を話す時、いつも中国や韓国の名前を英語風に言えなくて苦労する。そろそろ日本の報道の習慣を改めるべき時ではないか。
ところで、ついでに分ったことがある。日本語は平仮名、カタカナだけにすると、同音異義語の言葉が多くてわかりにくくなる。しかし、朝鮮語はそもそも日本語よりも音素が多くて、同音異義語は少ないという。更にハングルはそのような微妙に違う音を全て書き分けることの出来るように、文字が母音要素と子音要素を組み合わせて多数の文字を作り出せる方式になっているらしい。しかも、漢字の一文字に相当するハングルも一文字で、ハングルにしたからといって、平仮名のように、やたらと長い文章になるわけでもない。こういう背景で、完全ハングル化しても、日本語から漢字をなくするような不都合さは全然ないらしい。これが韓国・北朝鮮から漢字が(ほぼ)消えた背景だという。ただし、漢字を忘れた文化が、結果的に文化の貧困を生んでないかという声もあるようだ。 「金ジョンウン」のカタカナ表記から、以上のことが分った。面白いね。世の中は。
Nat
●10月1日追記: 北朝鮮が「ジョンウン」の漢字は「正恩」と発表したようだ。「正銀」でもなかったみたいだ。結局、漢字の表記も正式にあったのか、あるいは、正式には戸籍上も漢字はないが、中国や日本で報道する際に、間違った変な漢字を使われると困るので、漢字で書くなら「正恩」と決めたということか。これで日本の報道は「正恩(ジョンウン)」という表記になるのだろうか?日経新聞はこれから「正恩」と書くと表明した。 Nat
●10月2日追記: やはり、既に北朝鮮では漢字は完全廃止しているので元々は漢字名はなかったが、今回、中国や日本での漢字表記を意識して漢字名を決めたらしい(日経新聞による)。しかも「恩」という漢字が、祖父・父の権威を継ぐという趣旨にふさわしいからその字にしたらしい。これで大分、理解がすっきりした。
Nat