ジャズ、ロック、ポップス、ラテン音楽では、メロディーを、拍子の頭より少し早めに、前に食うように、弾いたり歌ったりする手法が多用される。例えば歌詞が |Why do you leave me ?| だとして、頭のWhyを小節の頭できちっと「ホワイ」と歌うのではなく、「ホワ」を小節の頭より半拍ほど前から始める。その結果、ホワ|イ do you -- |みたいな感じになる。バックの伴奏は小節の頭から入るので、「ホワ」が皆よりもちょっと前に攻めて発音され、その分「Why」という言葉が浮き出てアクセントをもって響くのである。 これを、きちんと音符で書くと、♪|♩ となって、この二つの音符を「タイ記号」で繋ぐことになる。
となると、一応、音楽理論的にはシンコペーション(切分音)(あるいはAnticipation)とか言われる手法になる。上記のような半拍♪を前にずらして♩に繋げるシンコペーション(“シンコ”)は、クラシックでも良くある。しかし、クラシックのシンコと、ジャズ等のシンコでは意味が違う。クラシックのシンコは、全ての音が拍の頭にアクセントが来るのでは単調なので、時々ずらして、その妙味を楽しむものだ。しかし、ジャズ等のシンコは、もしメロディーを記録した譜面上は拍の頭で入るように書いてあっても、演奏者・歌手の自然な「ノリ」で少し前に食って入るものだ。しかも、それが至る処に多用される。演奏・歌っている人は、半拍前に食っていると意識してもいないケースも多かろう。要は拍通りにせず、前に攻めることで、音楽にエネルギー、つまり「ノリ」を吹き込むものだ。
このようなシンコは何時ごろ人類の音楽に登場するのだろう。どうも起源はアフリカの音楽リズムにあるらしい。15世紀、コロンバスのカリブ海・アメリカ発見で、スペイン人はカリブ諸島を占領するが、疫病をもたらして原住民が滅ぶ。そこで、アフリカから労働力として奴隷を導入。アフリカ奴隷の独特の「ノリ」リズムの音楽とスペイン音楽が融合し、カリブ海のラテン音楽になっていくが、ここに西洋音楽にシンコのノリが入った起源があるようだ。それが欧州に逆輸入されていく。一説によるとバッハの演奏は、8分音符が16分音符の分だけ前に食ったジャズのシンコ同様のノリをもっていたとも言われる。それが、書いた譜面になると、16分音符のシンコとしては記録されないので、8分音符が時計の刻みのようにきちんと並んだ形となり、後世の人は、それを機械的に弾くだけになったともいう。バッハは本当はもっとジャズ的だった筈ということだ。
さて、そうやってシンコが多用されるジャズ、ロックが、更にシンコだらけのボサノバが出来る。シンコがなければ、これらの音楽はノリのないツマラナイものになる。そして、Jポップスにもシンコが流れ込んでいる。ところがだ、私としては、ジャズや他の米系ポピュラ-音楽のシンコに対して、Jポップスの歌のシンコはやや不自然に感じる。それは言葉の違いが原因と思う。英語は「子音+母音」の発音で、例えば前述のWhyの発音で、Whの部分が相当しつこく入る。口をとがらせ「W」、そして、「h」の音が尖った唇から息が「フ~~」と噴出される。そうやって、漸く「ア」の音につながる。元々、「Wh—a—i」 なのである。それをシンコして歌っても、極く自然に Wh|a—i |になる。ところがだ、日本語は「子音+母音」の「子音」と「母音」が殆ど分離されておらず、一瞬にして両方発音される。例として「だから」という歌詞の「だ」の部分をシンコして歌うとすると、「だ|あから」になってしまう。これがJポップスの若者の歌詞の発音で多く出て来る。私には、これが、イヤらしい日本語に聞こえる。ということで、そもそも歌詞をシンコしてサマになるのは、母音の前の子音段階が長いヨーロッパ系言語であったのだと思う。それをノリだけマネして歌詞の言葉は日本語では、合わないということだろう。美しい日本語を活かして歌うとなると、歌謡曲のように、きちんと頭で入る歌い方になる。音楽と言葉は切っても切れない関係という例だ。
かくかように、シンコは面白い。クラシック音楽の演奏を訓練してきた人にジャズ風の自然なシンコをやってもらおうとしても難しい。「自然にシンコして下さい」ではお困りであろうゆえ、譜面の上で半拍前から書くのだが、結局、半拍前から弾き始めたいという体の中のエネルギーが自然にない演奏者に、半拍前から弾きだしてもらっても、ノリが出ないのだ。シンコするからノるでのはなく、ノるからシンコする。ということだと思う。 どうでしょう。ちょっとは面白いですか。 Nat
●なお、JAZZにおけるシンコの意味が今ひとつ分かりにくいかもと思い、以下のサイトにシンコの見本の録音をアップしてみました。曲はStomping at the Savoyという古いダンス曲ですが、録音の最初のものはシンコなしで全ての音を拍の通りに弾いたものです。二番目の録音では、基本的にフレーズの頭の音は全てを四分音符の拍より少し早めに食って弾いております。(正確に言うとEndingの前の主なるメロディーの最後から二つ目の音だけは拍通り。)https://skydrive.live.com/?cid=2060caee80c1da71#cid=2060CAEE80C1DA71&id=2060CAEE80C1DA71%211261 このサイトをクリックして中にあるMP3のファイルをDLして聞いてみてください。違いが分かりますでしょうか。私の自宅での私のピアノとメトロノームでの演奏の即席録音ですので、音が悪くて分かりにくいかも知れませんが。
Nat