

生きていく上で信じてること。大好きなジャズのこと等
前回、本件で書いた記事: 記事
★本件の続きだが: SNSの記事で、例のひろゆき氏が「収入の半分しか使えない」と言っている震源地は、明石市市長の泉氏が「1960年代、1970代は“20%”台で、今の半分程度。平成に入ってからも“30%”台だったのに、いつのまにか“50%”近くにまでなってしまった。」と言っているのに乗っかって軽薄コメントを書いているもののようだ。ひろゆきのコメント報道
★どうも、泉氏もひろゆき氏も、社会保障の歴史が分かっていないと思われる。
・・・先進各国の社会保障制度は、主に戦後に制度が整備されてきている。一つには共産主義に対抗するため、自由民主主義圏国でも社会保障を整備していく必要性が政治的に認識されたからだ。
・・・日本の社会保障給付費の推移のグラフ、私が前に加工したものだが、再度添付しておく。このグラフの通り、日本でも、1970年位から社会保障給付が始ってくるのだが、それと同時に、社会保障費負担が就労者に始まるのも当然である。だから、泉氏の言う通り、国民負担率が社会保障の始ってなかった昔は20%台、それが30%台、40%台と上がってきているのである。それは当たり前。
★これがオカシイというなら、社会保障のない、1950年代とかに戻るしかない。
・・・それで、社会保障費負担が1970年代から始まり増えてきたのだが、添付の二つ目のグラフ(世帯ベースでみた可処分所得)のとおり収入そのものがもっと増えて、可処分所得は増加の一途だったのだ。
・・・ところが、グラフの通り、90年代末くらいから日本は経済低迷になり、世帯収入がむしろ減ってきている。その中でも一旦始めた社会保障費負担だけは止められないので少しずつ増え続け、可処分所得が苦しくなってきているのである。
★よって、社会保障費負担の構造改善問題もあるのは事実だが、日本のゼロ成長が、社会保障制度の前提を崩してしまったという不幸が最大の問題なのである。泉氏・ひろゆき氏はその点が分かっていないのだ。 Nat