2016年3月9日、大津地裁が、関電の高浜原発3・4号機の再稼働後の運転を停止するようにとの仮処分を決定した。同原発については、先に福井地裁の差し止め仮処分が一旦出たが、それが取り消され、2016年1-2月に再稼働に漕ぎつけたのを、今度は大津地裁が差し止め仮処分。福島原発事故以降の日本の原発のあり方を考える上で、先の福井地裁の決定、今回の大津地裁の決定は、我々国民にとっても非常に重要である。そこで、各地裁の決定書に私としても一応目を通し、私なりの総括をここに記しておく。
その前に、事の経緯をここに整理しておく。
・2014年12月: 住民が再稼働差し止めの請求
・2015年2月: 原子力規制委員会が安全審査の合格を発表
・2015年4月: 福井地裁が再稼働を認めない仮処分決定
関電は異議申し立て
・2015年12月: 関電異議を受けた福井地裁が仮処分の取り消し
・2016年1-2月:再稼働
・2016年3月9日:大津地裁が運転停止の仮処分決定
関電の反論はネット上では資料がないので、もっぱら福井地裁と大津地裁の決定文を見た上で、ここの末尾に私流の要約文を掲載しておく。そして、以下が更にそのポイントの総括だ。
1.2015年4月: 福井地裁の再稼働を認めない仮処分:
樋口裁判長は、運転を認めないという決定を出した。それは、当時、再稼働反対派をも賛成派をもおおいに騒がせた歴史的な決定であった。そして、樋口裁判長は変わり者だから等と言われたものだ。差止めの理由としては、以下のようなことだ。
(1)大地震への対応が甘い:関電の想定最大地震の揺れより、はるかに大きな揺れは他で経験されており、かつ、そこと高浜とは違うということは言えない。また、想定最大以下の場合でも炉心損傷に至るまでの各段階で食い止める処置が計画されているというが、実際には責任者が不在の夜間であるとか、放射線が既に漏れていて近づけない等の事由で対処が遅れ、損傷にまで至る可能性は否定できない。
(2)使用済み核燃料プール(外に、むき出されている)は原子炉と違い最上クラス(Sクラス)の耐震性になってなく、Bクラスで弱点。
(3)最大地震揺れ想定を引き上げて主給水系もそれに耐えるSクラスにし、使用済み核燃プールもSクラス対応、そして先送りした免震重要棟も設けない限り、稼動は認められない。
ということで、樋口裁判長は、上記の点に関して、関電の考えに真っ向から反対し、また規制委員会判断にも囚われなかった。私としても、前から言っていた通り、そもそも規制委員会の基準そのものが、電力会社の経営に配慮し、地震は明日来るかも知れないのに免震重要棟は5年以内でいい等という甘すぎるものであったので、今のままの高浜では再稼働反対であったが、樋口裁判長は私とかなり同様の理由で反対してくれたものであった。
2.2015年12月: 関電異議を受けた福井地裁が仮処分の取り消し:
樋口裁判長は転勤でいなくなり、代わりに来た林裁判長は、最初から、樋口裁判長の差止めを覆すのではと言われていたが、案の定そうした。しかも、その理由は、ほぼ全項目について「関電の言う通り」としているのみである。原告の弁護士が「関電の異議申し立て書のコピペ」の決定書と嘆くほどであった。これも私流の要旨は後に掲載してあるが、ポイントは以下。
(1)基準地震動の想定は適正
(2)耐震安全設計も適当
(3)使用済み核燃の方もBクラス対応でも問題ない
(4)津波や土砂災害も問題ない
(5)施設の老朽化や免震重要棟がないことも問題ない
これらを見ると、最初から規制委員会や関電の異議に裁判所が挑戦することは適当でないとのスタンスであったものとしか思えない。 そして、本当は、差止めした樋口裁判長の判断に反論してくれれば分かりやすいのだが、同じ地裁で自分を否定する訳にはいかないからだろう。関電の異議内容を見たら前の地裁の判断が全部間違ってましたという形を採ったのである。
3.2016年3月9日: 大津地裁が運転停止の仮処分決定:
それで福井の決定が覆ったので再稼働されたが、今度は大津の住民の請求で、大津地裁が差止めを出した。これは、今、まだ効力が生きている決定ゆえ非常に重要である。末尾にこれも私流の要旨を掲載してあるが、ポイントは以下だ。
(1)福島の反省に立ち、何がどう変わって今に至るのか、規制委員会の審査を通ったというだけではなく、関電は関電の言葉で説明すべき。
(2)過酷事故対策: 規制委員会の基準といっても、福島事故はまだ原因究明途上であり、津波が主因かも確認出来ていない中でのものゆえ、基準に合致で即安心とは言えない。また非常用電源が実際に本当に稼働するのか、関電の説明だけでは納得性乏しい。また、Bクラス対応で良しとされている使用済み核燃プールは脆弱。
(3)活断層の調査が不十分。地震の場合の断層の応答の計算も関電の説明不十分。
(4)その他:関電の調査だけで若狭湾には大津波は来ないと言えるか疑問。また、規制委員会の基準にはなくても、関電として避難計画を含んだ対策への考え方を示すべき。
つまり、規制委員会の基準も未だ不完全、あるいは避難計画のように規制委員会の守備範囲でなくても出力会社としては考えるべきものありとして、「規制委員会さえ通ればOK」という考え方を否定し、電力会社自らの責任で対応し説明すべきと言っている点が画期的であり、かつ非常に納得性ある。 但し、関電がきちんと全てに応えたら、決定は変わり得るとの建前だ。これは仮処分だから、当たり前だろう。
ここから、関電がどうこれに対応し(注:予想通り3月14日午後、大津地裁に異議申し立てをした。)、日本の原発はどちらの方向に向かうか、我ら国民として良く見究めるべき問題だ。たびたびここに書いてきているが、私は今の規制委員会基準での再稼働には反対だが、反原発ではなく、原発は「全面やり直し」と言っている。 その観点からも、今後の関電の展開には目が離せない。 Nat
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以下、3つの地裁決定書のNat流の要旨 ==================
● 高浜原発(3/4号機)の運転差止決定
(福井地方裁判所;平成27年4月14日)
裁判長裁判官 樋口 英明
決定内容: 高浜原発3・4号の原子炉を運転してはならない。
理由:
1.最大の地震の想定が甘すぎる
(1) 想定最大地震が甘い:
高浜原発では、「クリフエッジ」(機器の同時多発的機能喪失が起こり壊滅的な事故になり得る地震の強さ)として973ガル(地震の揺れの激しさの数字)と想定し、同地域の過去の地震や地質構造からしてそこまでの地震は来ない、だから安全と判断している。(後述の通り、精々700ガルが想定最大と仮定している。)
しかし、裁判所判断では、973ガル以上の地震が来ないと科学的に想定することは出来ないとし、以下の具体的根拠も上げている:
①我が国で経験された最大の地震の揺れは2008年の岩手宮城地震(マグニチュードでは7.2)の揺れの4022ガル。
②岩手宮城の地震は内陸地殻内地震で、同型の地震が高浜でもあり得る。
③高浜の若狭地方には活断層が多数ある。
④新潟中越沖地震の際、柏崎刈羽原発の堅い岩盤に発生した揺れは1699ガルであった。
そして、関電は上記の他大地震には特殊要因あり、高浜にはそれがないと主張するが、斯かる特殊要因は地震が起きて初めて発覚することが多く、高浜に類似の特殊要因がないと予測は出来ない。
(2) 基準地震動700ガルの想定が甘い:
高浜では「基準地震動」(概ね起こり得る最大の地震)は700ガルと想定。しかし、この基準地震動は過去の当該地域の地震のデータと活断層の状況から地震学の理論上の計算をして定められるものだが、同様の計算で定めた基準地震動の数字を越えてしまう地震が、実際に、全国20箇所の原発の中で、ここ10年以内に4原発、5ヶ所で発生してしまっているのだから、如何に基準地震動なるものが当てにならないのか分かる筈。そして、入倉教授に言わしても、基準地震動は「地震の平均像」を計算するもので、最大可能性ではない。よって、700ガルを越える地震はないと想定することは出来ない。
(3) 700ガルを越えてもクリフエッジ以下なら対処可能としているが実際には対処困難:
万一700ガル越えた地震が来た場合も、その場合は、事前にイベントツリーで想定している対策を講じることで炉心損傷に行く前で食い止められると関電は主張する。しかし、以下の理由で、現実には対策が取れずに炉心損傷にまで行ってしまう懸念が残る:①イベントツリーで全ての可能性は網羅されない、②事故が夜間に起きる、所長が居ない時に起きる等で実際には手早く実行されない事もあり得る、③対策は原発の中で起きている事象が把握できる前提であるが、福島の時も把握困難であった、④外部電源断たれる等の損傷が多発している中では対処に時間かかり炉心損傷までの5時間、そこからメルトダウンにまで行ってしまう2時間があっと言う間に経過することがあり得る、⑤対策を全て予行演習しておくことは難しい、⑥対策手段の為の体制・機器が破壊されていて対策を取れないことも想定される、⑦放射性物質が漏れれば作業員が入れなくなる、⑧高浜への狭い道路が遮断されるリスクもある。
(4) 高浜原発では基準地震動が過去に2回引き上げれたが、根本的強化はされないまま:
当初の基準地震動は370ガル、それが550、700と引き上げられてきたが、引き上げに際して、それに見合う格納容器、圧力容器の躯体部分の再構築や配管の厚みを増やす等の対策は一切されず、配管の支えの補強程度に留まっている。それで良しとした理由は、しなくても安全上の余裕があるから大丈夫というものである。これはエレベーターの最大人数を、まだ余裕あるので、強化対策なしで増やすようなものだ。
実際、700ガル以下の地震でも、外部電源が断たれ、かつ、主給水ポンプが破損する恐れがあることは関電も認めている。しかし、主給水ポンプの基準地震動における耐震性は確認されてないと言う。主給水ポンプがダメになっても、補助給水設備を稼働させればいいと言うが、現実にはそれが可能であるためには、多くの事象を無事クリアしていかないとそうならない。
2.使用済み核燃料を閉じ込められない危険性
使用済み核燃料(死の灰を含み、より危険)は、使用中の核燃料が原子炉格納容器という堅固な設備の中に閉じ込められているのに比して、プールの中に置かれているだけである。これに対して関電は、使用済み核燃のプールの冷却装置は基準地震動に対しても十分な耐震安全性を有すと主張するが、基準地震動を越える地震があり得ることは前述の通りであり、かつそれ以下の地震の場合でも、原子炉側にも損傷が起こっているような状況では、想定通りに使用済み核燃プールでの冷却作業が出来る保証はない。
3.以上を総括すると、高浜原発は以下の抜本的対策を講じない限り、現在の脆弱性は解消され得ない。
(1)基準地震動の大幅引き上げとそれに見合う根本的な耐震工事を実施すること
(2)外部電源と主給水の双方が、上記の引き上げた基準地震動に耐えられるようなSクラスの耐震重要度見合いの耐震性を持つものに替えること
(3)使用済み核燃を堅固な施設で覆し、給水設備もSクラスにすること
(4)更に免震重要棟を設置すること
これらがなされてないのは、原子力規制委員会の新規制基準では上記を規制の対象としていないからであり(免震重要棟は猶予期間中に建てればいいことになっているが、地震は何時来るか分からない)、規制委員会の基準は深刻な災害を万一にも起こさないというような厳格な内容ではなく、緩やか過ぎる。
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● 高浜原発運転 福井地裁 差止め仮処分取り消し 決定要点
平成27年12月24日 福井地方裁判所民事第2部 裁判長裁判官 林潤
平成27年4月14日の当地裁の差止仮処分決定に関電が異議申し立てしたのに対し、福井地裁としては関電の異議を認め、住民の申し立てを却下するとしたもの。
決定の要点:
1.住民の申し立てを却下する。
2.裁判所の姿勢: 委員会の新規制基準の妥当性と原発が基準に適合しているかの委員会の判断につき、裁判所が審理するのが筋だが、関連情報は専ら関電が持っているので、関電が充分説明するかがポイントになる。その上で、裁判所は「絶対安全」ではなくても、社会通念上無視できる程度にリスクが低いかを厳格に審理するべき。
3.基準地振動の設定は適正: 十分調査し専門的に設定されており、またそれを審査した委員会の判断も適正。計算手法上、「平均的な地振動」を求めるものというのはその通りだが、十分保守的に係数を設定しているし、高浜の岩盤は固いので大丈夫。
4.耐震安全性も合理的: 安全性確保に不可欠な施設の方で最重要の意味の“Sクラス”の安全性が確保されているのだから、主給水ポンプや外部電源等の安全性確保に不可欠とはいえない施設ではSクラスでなくても十分。また、関電は安全対策や補強工事を行い、基準地振動に対して十分な安全性の余裕を設けている。
5.使用済み核燃料施設も問題ない:委員会の新基準では冷却施設が安全重要度Bクラスでいいとしているが、施設が故障した時の代替の注水・冷却手段に高度の耐震安全性を要求することで、基準の通りで合理的。また関電の使用済み核燃料の施設は基準地振動に対して十分な安全性を持っており、そう判断した委員会にも不合理な点はない。
6.地震以外の災害問題もない : 津波も保守的に基準津波を設定し十分な防潮対策をしている。土砂災害なども問題ない。
7.その他の問題も特にない: 住民の言う、施設の老朽化や免震重要棟がないこと等の問題は、関電の高経年化対策や耐震構造を有する緊急時対策所を考えれば、安全とした規制委員会の判断を覆すものではない。
8.最後に:絶対的安全性は想定できない以上、万が一過酷事故が発生した揚合に備え、避難計画等の重層的な対策を講じておくことが極めて重要。よって関電、国及び関係自治体は,より実効性のある対策を講じるように努力を継続することが求められる。
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● 高浜原発運転差し止め仮処分 大津地裁決定(2016年3月9日) 要旨
決定内容: 関電は高浜発電所3号機および同4号機を運転してはならない。
1.立証責任: 伊方原発訴訟最高裁判決(注:1992年10月29日最高裁が上告を棄却、建設反対の住民側の敗訴)の通り、原発の場合は専ら電力会社と行政庁が情報・資料を持っているので、電力・行政庁側が主張・立証を尽くさないといけない。
しかも、関電は福島事故を踏まえて、原子力規制行政がどう変わり、どう強化され、関電がどう答えたのかの説明を尽くすべき。また、規制委員会を通ったからといってここで説明を略せるわけではなく、規制委員会であった重要な議論をここでも出すべきである。
2.過酷事故対策:
(1) 福島事故の反省
・住民は福島事故同様の事故が起こり得るとするが、関電は、当原発は福島事故を踏まえて制定された新規制に沿っているので住民判断は合理的でないと言う。しかし、福島事故の解明は道半ばで津波が主原因かも分からない。関電のこの点の説明は不十分。徹底的に原因究明する態度が欠けているなら、そもそもの姿勢に不安あり。
・福島では、仮に津波が主因としても、東電も当局もその安全対策の認識が持てなかったから対策されていなかった。それを今は対策していると言っても、他にも同様の対策必要性が認識されてないことがないのかどうか、関電は説明・主張すべき。そして人類の災害への知見は限られているのだから見落としている危険性があり得、それでも尚致命的事故にならないとの思想で新規制は策定されるべきであるが、関電の説明を聞く限り、現在の規制基準では、それで公共の安寧の基礎になると考えるのには躊躇わざるを得ない。
(2) 電源確保の不安
・非常用電源系については、デイーゼル発電、蓄電池、電源車等を整備しており、運営含めて一応委員会の審査を通っている。しかし、これらの機器が新基準以降に設置されたのか実は前からあったのか説明不足。またいざとなると本当に稼働するか等の面でこれで十分との社会的合意が形成されたというには躊躇あり。
(3) 使用済み核燃料の冷却設備のリスク
・原子炉と違い、こちらの方は安全重要度Bクラスの扱いになってしまっているが、もっと重要施設として安全審査対象になるべき。
・また冷却水が喪失した場合の対策資料は提出されていない。
3.耐震性能関係の調査への疑問
(1) 基準地震動をどう決めるかについては、福島究明中ではあるが、従来の方法が誤りとの明確な理由はないので、それはその前提で考える。
(2)その方法を前提に、具体的な関電の検討を見ると、問題となる活断層の一定の調査はしたものの、断層がどこまで伸びているかなどの調査において不完全と思われ、それを明確にする資料は提出されていない。
(3)更に、断層の地震に対する応答の評価に於いても、限界のある松田式に依存している以上の説明はないし、最大値の計算手法でも十分な説明がされたとは言えない。
(4)また、全国共通に考慮すべき最大の地震からの予測計算が、規制委員会を通ったとはいえ、本裁判所の納得のいく資料提出はない。
4.その他の問題点
(1)大津波:関電の調査だけで若狭湾には大津波は来ないと言えるか疑問。
(2)テロ: テロは国全体で対処するものにて、ここでは原発のテロ対策は別問題とする。
(3)避難計画: 関電の直接責任ではないが、福島の反省からは、規制委員会の基準になくても、関電として避難計画を含んだ対策への考え方を示すべきである。
以上